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  • 八九式中戦車(はちきゅうしきちゅうせんしゃ)は、1920年代後期に開発・採用された大日本帝国陸軍の戦車(中戦車)。日本初の国産制式戦車として開発・量産された。秘匿名称「イ号」(「ロ号」は九五式重戦車、「ハ号」は九五式軽戦車)。
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  • --02-01
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prop-ja:エンジン名
  • 空冷直列6気筒ディーゼル
  • 乙型 三菱A六一二〇VD
  • 水冷直列6気筒ガソリン
  • 甲型 東京瓦斯電気工業ダ式一〇〇馬力発動機
prop-ja:不整地時速度
  • 8 (xsd:integer)
prop-ja:主砲
  • 九〇式五糎七戦車砲×1
  • (100発)
prop-ja:乗員
  • 4 (xsd:integer)
prop-ja:備考
  • 乙型諸元は主に館山海軍砲術学校「陸戦兵器要目表」37頁右の表に拠った。
prop-ja:全幅
  • 2.18 m
prop-ja:全長
  • 345.0
  • 342.0
prop-ja:全高
  • 2.56 m
prop-ja:副武装
  • 九一式車載軽機関銃×2
  • (2,745発)
prop-ja:名称
  • 八九式中戦車
prop-ja:懸架方式
prop-ja:整地時速度
  • 最大25 km/h 巡航20 km/h
prop-ja:画像
  • 250 (xsd:integer)
prop-ja:範囲
  • このことから1928年(昭和3年)当時の日本陸軍は、10トン程度の軽戦車(主力・多数)と18トン程度の重戦車(補完・少数、多砲塔戦車)の二本立てで戦車隊を整備する構想を持っていた。ところがすぐにその構想は、第一次世界大戦後の不況および1929年(昭和4年)からの世界的大不況を契機とする、軍事予算の削減による、新世代の6トン級軽戦車およびカーデン・ロイド系豆戦車を主力とする、安価かつ高速軽量な装甲車輌を求める、世界的潮流の変化により、1930年(昭和5年)を境に大きく転換し、1930年代半ばの6トン程度の軽戦車(主力・多数)と12トン程度の中戦車(補完・少数、単砲塔戦車)の二本立て+豆戦車(補助車輌)を整備する構想に変化していった。そこで1930年に、6トン級の軽戦車であるヴィッカース 6トン戦車・ルノー NC27 軽戦車・フィアット3000Bと、豆戦車であるカーデン・ロイド Mk.VIが輸入され、比較検討と研究が行われ、その結果、ヴィッカース 6トン戦車を参考に後の九五式軽戦車と、カーデン・ロイド Mk.VIを参考に後の九四式軽装甲車が開発されることになった。
prop-ja:行動距離
  • 乙型 約170 km
  • 甲型 約140 km
prop-ja:装甲
  • 最大17 mm
prop-ja:説明
  • 陸上自衛隊武器学校保管の八九式中戦車乙型
prop-ja:重量
  • 乙型 自重12.2 t 全備13.0 t
  • 甲型 自重11.9 t 全備12.7 t
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  • 八九式中戦車(はちきゅうしきちゅうせんしゃ)は、1920年代後期に開発・採用された大日本帝国陸軍の戦車(中戦車)。日本初の国産制式戦車として開発・量産された。秘匿名称「イ号」(「ロ号」は九五式重戦車、「ハ号」は九五式軽戦車)。
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  • 八九式中戦車
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