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  • 第28SS義勇擲弾兵師団「ヴァロニェン」(ワロン第1)(独:28. SS-Freiwilligen-Grenadier-Division „Wallonien“ (wallonische Nr. 1))は、第二次世界大戦期のナチス・ドイツ武装親衛隊の師団。ベルギー王国ワロン地域(フランス語圏)の住民であるワロン人のうち、ドイツ軍に所属して共産主義(ソビエト連邦)と戦うことを志願した義勇兵によって構成されていた。師団長はベルギーのカトリック系反共主義ファシズム政党「レクシズム」(Rexisme)の指導者レオン・デグレル(Léon Degrelle)。師団の原点である「ワロニー部隊」(Légion Wallonie)は1941年10月から第373ワロン歩兵大隊(Wallonische Infanteriebataillon 373)としてドイツ国防軍(ドイツ陸軍)に所属し、1942年秋まで東部戦線に従軍。1943年6月に陸軍から武装親衛隊に移籍し、7月にSS突撃旅団「ヴァロニェン」(SS-Sturmbrigade „Wallonien“)と改称。1943年秋から1944年2月まで第5SS装甲師団「ヴィーキング」の麾下部隊としてウクライナ・チェルカースィ戦線(コルスン包囲戦)でパルチザンやソビエト赤軍と死闘を繰り広げた。1944年春から旅団は再編制に着手したが、7月末に旅団の一部によって臨時編制された「ヴァロニェン」戦闘団(Kampfgruppe Wallonien)が1944年8月のエストニア戦線に投入された。そして1944年秋に旅団は第28SS義勇擲弾兵師団「ヴァロニェン」(ワロン第1)へと昇格し、独ソ戦末期の1945年2月から終戦に至るまでポメラニア戦線~オーデル川西岸でソビエト赤軍と戦い続けた。なお、名称こそ師団であるがその戦力は旅団規模に過ぎなかった。
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