17世紀の危機あるいは単に全般的危機(ぜんぱんてききき)(英語: The General Crisis)とは、ヨーロッパ史において17世紀に起きた混乱や波乱をまとめた言葉。17世紀は、14世紀とともに小氷期によりヨーロッパの気候が寒冷化し、ペストが大流行して飢饉が起こり、英蘭戦争や三十年戦争をはじめとする戦乱の多発によって人口が激減したため、研究者によっては「危機の時代」あるいは「17世紀の危機」と呼ぶことがある。イマニュエル・ウォーラーステインによれば、「17世紀の危機」は1620年代に始まって約1世紀続く「近代世界システム」の収縮局面で、ヨーロッパを中核とする世界システムはこの間地理的にも交易量としてもほとんど拡大せず、重商主義政策と戦争によって世界の余剰を中核諸国が奪い合った時代である。また、アメリカ大陸からの膨大な銀の流入によって、「価格革命」と称される急速なインフレーションが生じた後のヨーロッパでは生活費が2倍ないし3倍にも高騰したため、困窮する人々が増え、彼らによってヨーロッパ中で暴動が発生した時代でもあった。

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  • 17世紀の危機あるいは単に全般的危機(ぜんぱんてききき)(英語: The General Crisis)とは、ヨーロッパ史において17世紀に起きた混乱や波乱をまとめた言葉。17世紀は、14世紀とともに小氷期によりヨーロッパの気候が寒冷化し、ペストが大流行して飢饉が起こり、英蘭戦争や三十年戦争をはじめとする戦乱の多発によって人口が激減したため、研究者によっては「危機の時代」あるいは「17世紀の危機」と呼ぶことがある。イマニュエル・ウォーラーステインによれば、「17世紀の危機」は1620年代に始まって約1世紀続く「近代世界システム」の収縮局面で、ヨーロッパを中核とする世界システムはこの間地理的にも交易量としてもほとんど拡大せず、重商主義政策と戦争によって世界の余剰を中核諸国が奪い合った時代である。また、アメリカ大陸からの膨大な銀の流入によって、「価格革命」と称される急速なインフレーションが生じた後のヨーロッパでは生活費が2倍ないし3倍にも高騰したため、困窮する人々が増え、彼らによってヨーロッパ中で暴動が発生した時代でもあった。 しかし、このような「17世紀の危機」論については、大久保桂子(イギリス近世・近代史)のように、17世紀前半に本当の「危機」を抱えていたのはスペインのカスティーリャであったろうが、一方では同時代の北部ネーデルラントは未曾有の繁栄を謳歌する「オランダ黄金時代」であったし、イングランドの毛織物輸出はエリザベス朝後半の大不況期を脱して好調だったことから、ヨーロッパのあらゆる地域、また、あらゆる面において「危機」的状況にあったわけではないことを指摘する立場もある。 (ja)
  • 17世紀の危機あるいは単に全般的危機(ぜんぱんてききき)(英語: The General Crisis)とは、ヨーロッパ史において17世紀に起きた混乱や波乱をまとめた言葉。17世紀は、14世紀とともに小氷期によりヨーロッパの気候が寒冷化し、ペストが大流行して飢饉が起こり、英蘭戦争や三十年戦争をはじめとする戦乱の多発によって人口が激減したため、研究者によっては「危機の時代」あるいは「17世紀の危機」と呼ぶことがある。イマニュエル・ウォーラーステインによれば、「17世紀の危機」は1620年代に始まって約1世紀続く「近代世界システム」の収縮局面で、ヨーロッパを中核とする世界システムはこの間地理的にも交易量としてもほとんど拡大せず、重商主義政策と戦争によって世界の余剰を中核諸国が奪い合った時代である。また、アメリカ大陸からの膨大な銀の流入によって、「価格革命」と称される急速なインフレーションが生じた後のヨーロッパでは生活費が2倍ないし3倍にも高騰したため、困窮する人々が増え、彼らによってヨーロッパ中で暴動が発生した時代でもあった。 しかし、このような「17世紀の危機」論については、大久保桂子(イギリス近世・近代史)のように、17世紀前半に本当の「危機」を抱えていたのはスペインのカスティーリャであったろうが、一方では同時代の北部ネーデルラントは未曾有の繁栄を謳歌する「オランダ黄金時代」であったし、イングランドの毛織物輸出はエリザベス朝後半の大不況期を脱して好調だったことから、ヨーロッパのあらゆる地域、また、あらゆる面において「危機」的状況にあったわけではないことを指摘する立場もある。 (ja)
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  • 17世紀の危機あるいは単に全般的危機(ぜんぱんてききき)(英語: The General Crisis)とは、ヨーロッパ史において17世紀に起きた混乱や波乱をまとめた言葉。17世紀は、14世紀とともに小氷期によりヨーロッパの気候が寒冷化し、ペストが大流行して飢饉が起こり、英蘭戦争や三十年戦争をはじめとする戦乱の多発によって人口が激減したため、研究者によっては「危機の時代」あるいは「17世紀の危機」と呼ぶことがある。イマニュエル・ウォーラーステインによれば、「17世紀の危機」は1620年代に始まって約1世紀続く「近代世界システム」の収縮局面で、ヨーロッパを中核とする世界システムはこの間地理的にも交易量としてもほとんど拡大せず、重商主義政策と戦争によって世界の余剰を中核諸国が奪い合った時代である。また、アメリカ大陸からの膨大な銀の流入によって、「価格革命」と称される急速なインフレーションが生じた後のヨーロッパでは生活費が2倍ないし3倍にも高騰したため、困窮する人々が増え、彼らによってヨーロッパ中で暴動が発生した時代でもあった。 (ja)
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