笠戸丸(かさとまる、Kasato Maru)は、明治時代後期の日露戦争から第二次世界大戦にかけて移民船や漁業工船などに使われた鋼製貨客船である。 明治時代後期から昭和初期にかけて、外国航路や台湾航路用の船舶として用いられた。ハワイやブラジルへ移民が開始された時に移民船として使われたことでもよく知られている。移民用客室としては、船底の貨物室を蚕棚のように2段に仕切って使用した。最大1000人程度の移民を収容できたとみられている。 その後漁業工船に改造され、漁業会社を転々とする。最後は、貨客船として最初に籍を置いた国であるロシア帝国の事実上の後継国にあたるソ連軍の手によって、第二次世界大戦終結直前にカムチャツカ沖で爆沈されるといった数奇な運命をたどった。