安場 保和(やすば やすかず、天保6年4月17日(1835年5月14日) - 明治32年(1899年)5月23日)は、近代日本草創期の官僚・政治家。明治維新に功があり華族に列して男爵となる。 肥後細川藩出身で薩摩・長州の藩閥政府と微妙な距離を保ちつつ、東北・北海道地方の開発と近代化、人材発掘に尽力する。福島県の安積疏水をオランダの技師、ファン・ドールンの招聘によって進めたのはその典型。当初の構想(東北地方を横貫して阿武隈川から猪苗代湖にいたり阿賀野川に抜ける大運河構想)を破棄し鉄道建設に取って代わらせ、疏水方式による通航が出来ない通水のみの機能に絞って実現した。それにより、現在の郡山地方周辺の開発に土台を築いた。また、十綱橋の福島県費を使った建設をも行うなど、人心の慰留に務めた。