紅葉谷川庭園砂防施設(もみじだにがわていえんさぼうしせつ)は、広島県廿日市市の厳島(宮島)内を流れる、砂防指定地紅葉谷川にある砂防施設である。 厳島神社背後の弥山を流れる紅葉谷川で枕崎台風により土石流災害が発生し、文部省事業「史跡名勝厳島災害復旧工事」により、1950年(昭和25年)に竣工した。国の重要文化財、国重文指定区間周辺はほぼ紅葉谷公園になる。 庭園砂防とはこの施設整備の際に作られた言葉で、砂防工に造園技術を加えて日本庭園の美を現出したものを意味する。太平洋戦争終戦後の混乱期に、国と県そしてGHQが連携し、神社一帯の文化財の災害復旧工事として進められた。関係者で工事委員会が結成され庭園砂防の趣意を決定、流出した岩石を傷つけず、樹木を一本も伐採せず、人工的なものを人の目に触れない工夫がされた。設計は広島県土木部、施工は庭師が担当した。 「紅葉谷川庭園砂防」で、昭和62年度手づくり郷土賞(水辺の風物詩)受賞。平成17年度には同賞大賞受賞。 日本では景観緑三法施行以降、景観に配慮した公共工事が進められているが、紅葉谷はその先駆的事例にあたる。国内のみならず海外の技術者にも評価されており、現在でも水辺環境整備の方法に影響を与えている。 本項では西隣の白糸川含め弥山からの土石流被災と復旧についても記す。