李 徳裕(り とくゆう、貞元3年(787年) - 大中3年12月10日(850年1月26日))は、中国唐代の政治家。趙州賛皇県を本貫とする、当代屈指の名門の趙郡李氏の出身。字は文饒。憲宗朝の宰相であったの子である。