大報壇(だいほうだん、朝鮮語: 대보단)は、1644年に明が滅んでから60年後の1704年に、李氏朝鮮が、明の皇帝を祀るために昌徳宮に建てた祭壇である。最初は万暦帝(神宗)だけを祀っていたが、1749年に明の最初の皇帝朱元璋(太祖、洪武帝)と明の最後の皇帝崇禎帝(毅宗)も合祀した。ソウルに設けられた大報壇は、朝鮮国王自ら出向いて祭祀をおこなっていた。

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  • 大報壇(だいほうだん、朝鮮語: 대보단)は、1644年に明が滅んでから60年後の1704年に、李氏朝鮮が、明の皇帝を祀るために昌徳宮に建てた祭壇である。最初は万暦帝(神宗)だけを祀っていたが、1749年に明の最初の皇帝朱元璋(太祖、洪武帝)と明の最後の皇帝崇禎帝(毅宗)も合祀した。ソウルに設けられた大報壇は、朝鮮国王自ら出向いて祭祀をおこなっていた。 (ja)
  • 大報壇(だいほうだん、朝鮮語: 대보단)は、1644年に明が滅んでから60年後の1704年に、李氏朝鮮が、明の皇帝を祀るために昌徳宮に建てた祭壇である。最初は万暦帝(神宗)だけを祀っていたが、1749年に明の最初の皇帝朱元璋(太祖、洪武帝)と明の最後の皇帝崇禎帝(毅宗)も合祀した。ソウルに設けられた大報壇は、朝鮮国王自ら出向いて祭祀をおこなっていた。 (ja)
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  • 大報壇(だいほうだん、朝鮮語: 대보단)は、1644年に明が滅んでから60年後の1704年に、李氏朝鮮が、明の皇帝を祀るために昌徳宮に建てた祭壇である。最初は万暦帝(神宗)だけを祀っていたが、1749年に明の最初の皇帝朱元璋(太祖、洪武帝)と明の最後の皇帝崇禎帝(毅宗)も合祀した。ソウルに設けられた大報壇は、朝鮮国王自ら出向いて祭祀をおこなっていた。 (ja)
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