クィントゥス・ペティッリウス・スプリヌス(ラテン語: Quintus Petillius Spurinus、- 紀元前176年)は、紀元前2世紀初頭の共和政ローマの政務官。護民官としてスキピオ・アフリカヌス兄弟を訴追し、紀元前176年に執政官(コンスル)を務めたが、任期中に戦死した。