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  • 『教会の聖母子』(きょうかいのせいぼし(蘭: Madonna in de kerk、独: Madonna in der Kirche))、または『教会の聖母』(きょうかいのせいぼ)は、初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクが1438年から1440年ごろに描いたといわれている絵画。オーク板に油彩で描かれた板絵で、ゴシック様式の聖堂内で幼児キリストを抱く聖母マリアをモチーフとした小作品である。貴石をちりばめた宝冠を被るマリアが腕に抱く幼児キリストをあやし、キリストはマリアを見つめながらマリアの衣服の胸元を握りしめている。13世紀の伝統的なビザンチン様式のエレウサのイコンを思わせる衣装を身につけたマリアは、この作品では天界の女王として描かれている。背景の身廊にあるアーチ状の飾り格子にはマリアの生涯を表現した木製彫刻が描かれており、壁龕には同じようなポーズで幼児キリストを抱くマリアの彫刻が見える。ドイツ人美術史家エルヴィン・パノフスキーは、背景の彫刻からマリアとキリストが生身となって抜け出てきたような構図になっているとしている。画面右の入り口には、賛美歌集を手にして賛美歌を歌う二人の天使が描かれている。聖母マリアを表現したビザンチン美術作品の多くと同じく、ヤン・ファン・エイクも『教会の聖母子』でマリアを非常に大きな象徴的人物像として描いた。さらにヤン・ファン・エイクは、教会の窓から降りそそぐ光を入念に描いている。きらめくように室内を照らし出し、マリアの背後の床に二箇所のスポットを作り出す光の描写が、マリアの処女性と神の恵みを表現しているのである。多くの美術史家が、『教会の聖母子』はもともと2枚の板で構成されていたディプティクの左パネルであり、現存していない右パネルには、依頼主の肖像画 (en:donor portrait) が描かれていたのではないかとしている。ヤン・ファン・エイクとほぼ同時代人の「1499年の画家」(en:Master of 1499) と呼ばれる画家とヤン・ホッサールトが描いたと言われる、『教会の聖母子』を複製したディプティクが二点現存しているが、それぞれの右パネルに描かれている内容は全く異なっている。1499年の画家のヴァージョンの右パネルには室内でひざまずいて祈りを捧げる依頼主が描かれており、伝ホッサールトのヴァージョンには屋外で聖アントニオスとともに祈る依頼主が描かれている。どちらの複製もヤン・ファン・エイクのオリジナルに大きな修正を加えており、より新しいスタイルの作品に仕上がっている。ただし、両作品ともに「オリジナルが持つ宗教的美しさは完全に失われている」といわれている。『教会の聖母子』が最初に記録に現れるのは1851年である。以来、この作品の制作年度や作者の特定が多くの学者を巻き込んでの議論となってきた。当初はヤン・ファン・エイクの初期の作品だといわれており、後にヤンの兄であるフーベルトの作品だとされた。現在ではヤン・ファン・エイクの作品であり、ヤンの1430年代半ばごろの絵画技法との比較で、『教会の聖母子』はヤンの晩年の作品だと考えられている。1874年にベルリンの絵画館が『教会の聖母子』を購入し、コレクションに加えたが、1877年に盗難に遭った。間もなく発見されて絵画館に戻されたが、オリジナルの銘入りの額装は失われてしまっている。現在では『教会の聖母子』はヤン・ファン・エイクの最高傑作の一つとされており、ミラード・メイスはこの作品について「光の描写の美しさ、繊細さは西洋美術史上でも最高級」であると評している。
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  • Madonna in de kerk
  • Madonna in der Kirche
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  • ヤン・ホッサールトの作品ではないかと言われているディプティクの左パネルに描かれた『教会の聖母子』。 1510年から1515年ごろに描かれ、ローマのドーリア・パンフィーリ美術館 が所蔵している。ヤン・ホッサールトではなく、ヘラルト・ダヴィトの作品と言われることもある。
  • 右パネルに描かれた『聖アントニオスと依頼主』。1513年ごろの作品で、左パネルの『教会の聖母子』と同じくローマのドーリア・パンフィーリ美術館が所蔵している。
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  • 教会の聖母子
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  • 『教会の聖母子』(きょうかいのせいぼし(蘭: Madonna in de kerk、独: Madonna in der Kirche))、または『教会の聖母』(きょうかいのせいぼ)は、初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクが1438年から1440年ごろに描いたといわれている絵画。オーク板に油彩で描かれた板絵で、ゴシック様式の聖堂内で幼児キリストを抱く聖母マリアをモチーフとした小作品である。貴石をちりばめた宝冠を被るマリアが腕に抱く幼児キリストをあやし、キリストはマリアを見つめながらマリアの衣服の胸元を握りしめている。13世紀の伝統的なビザンチン様式のエレウサのイコンを思わせる衣装を身につけたマリアは、この作品では天界の女王として描かれている。背景の身廊にあるアーチ状の飾り格子にはマリアの生涯を表現した木製彫刻が描かれており、壁龕には同じようなポーズで幼児キリストを抱くマリアの彫刻が見える。ドイツ人美術史家エルヴィン・パノフスキーは、背景の彫刻からマリアとキリストが生身となって抜け出てきたような構図になっているとしている。画面右の入り口には、賛美歌集を手にして賛美歌を歌う二人の天使が描かれている。聖母マリアを表現したビザンチン美術作品の多くと同じく、ヤン・ファン・エイクも『教会の聖母子』でマリアを非常に大きな象徴的人物像として描いた。さらにヤン・ファン・エイクは、教会の窓から降りそそぐ光を入念に描いている。きらめくように室内を照らし出し、マリアの背後の床に二箇所のスポットを作り出す光の描写が、マリアの処女性と神の恵みを表現しているのである。多くの美術史家が、『教会の聖母子』はもともと2枚の板で構成されていたディプティクの左パネルであり、現存していない右パネルには、依頼主の肖像画 (en:donor portrait) が描かれていたのではないかとしている。ヤン・ファン・エイクとほぼ同時代人の「1499年の画家」(en:Master of 1499) と呼ばれる画家とヤン・ホッサールトが描いたと言われる、『教会の聖母子』を複製したディプティクが二点現存しているが、それぞれの右パネルに描かれている内容は全く異なっている。1499年の画家のヴァージョンの右パネルには室内でひざまずいて祈りを捧げる依頼主が描かれており、伝ホッサールトのヴァージョンには屋外で聖アントニオスとともに祈る依頼主が描かれている。どちらの複製もヤン・ファン・エイクのオリジナルに大きな修正を加えており、より新しいスタイルの作品に仕上がっている。ただし、両作品ともに「オリジナルが持つ宗教的美しさは完全に失われている」といわれている。『教会の聖母子』が最初に記録に現れるのは1851年である。以来、この作品の制作年度や作者の特定が多くの学者を巻き込んでの議論となってきた。当初はヤン・ファン・エイクの初期の作品だといわれており、後にヤンの兄であるフーベルトの作品だとされた。現在ではヤン・ファン・エイクの作品であり、ヤンの1430年代半ばごろの絵画技法との比較で、『教会の聖母子』はヤンの晩年の作品だと考えられている。1874年にベルリンの絵画館が『教会の聖母子』を購入し、コレクションに加えたが、1877年に盗難に遭った。間もなく発見されて絵画館に戻されたが、オリジナルの銘入りの額装は失われてしまっている。現在では『教会の聖母子』はヤン・ファン・エイクの最高傑作の一つとされており、ミラード・メイスはこの作品について「光の描写の美しさ、繊細さは西洋美術史上でも最高級」であると評している。
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