景文王(けいぶんおう、845年? - 875年8月12日)は、新羅の第48代の王(在位:861年 - 875年)であり、姓は金、諱は膺廉(ようれん)。父は第43代僖康王の子の阿飡(6等官)、母は光和夫人、王妃は先代の憲安王の娘の寧花夫人。861年1月に憲安王が死去し、王子がいなかったために婿の膺廉を王位に就けよとする遺詔に拠って王位に就いた。