忠義王(ただよしおう / ちゅうぎおう、永享12年(1440年)以降 - 長禄元年12月2日(1457年12月18日))は、室町時代の皇族。南朝の再建を図った後南朝の第2代(『南方紀伝』では第4代)・自天王(北山宮)の弟。後南朝の征夷大将軍ともいわれるが定かではない。河野郷によったので便宜上、河野宮とも称する。地元に伝えられる位牌には河野宮を忠義禅定、兄の北山宮を自天勝公と称している。