喜樂館(きらくかん、朝: 희락관、ヒラックァン)は、かつて存在した日本統治時代の朝鮮の映画館である。1915年(大正4年)9月、日本が統治する朝鮮の京城府本町1丁目(現在の大韓民国ソウル特別市中区忠武路1街)に有樂館(ゆうらくかん、朝鮮語: 유락관、ユラックァン)として開館する。1918年(大正7年)には喜樂館と改称したが、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)に火災により全焼、閉館した。新漢字表記喜楽館。戦前の京城日本人街につくられた映画館のうち、最高の興行収入を上げた映画館として知られる。