ウイリー事件(ウイリーじけん、台湾語:威里事件)とは、1906年(明治39年)夏、日本統治時代の台湾東部、ウイリー社(現在の花蓮市近郊、秀林郷佳民村)において、樟脳製造現場の賃金トラブルにより、日本人25人が台湾原住民タロコ族に殺害された事件である。犠牲者の中には時の花蓮港支庁長・大山十郎も含まれていたため大山十郎事件とも呼ばれる。