養徳院(ようとくいん、永正12年(1515年) - 慶長13年10月26日 (旧暦)(1608年12月3日))は、戦国時代(室町時代後期)・安土桃山時代から江戸時代初期にかけての女性、尼僧。池田恒利の妻、織田信秀の側室。実名は不明で、養徳院は院号、法名は桂昌。 織田信長の乳母となってからは大御ち(おおおち)様とも呼ばれた。