鎌田 勝太郎(かまだ かつたろう、諱・正康。号・淡翁、1864年2月29日(元治元年1月22日) - 1942年(昭和17年)3月28日)は、戦前日本の実業家、社会事業家、資産家、醤油醸造家(堺屋)、香川県多額納税者、政治家・貴族院多額納税者議員(4期)、衆議院議員(1期)。従五位勲三等。族籍は香川県平民。 坂出塩業の振興につとめ「讃岐坂出塩業の父」とも称される。貴族院政治史上最多の当選回数(4選)の保持者でもあり、貴族院の重鎮としても君臨した。