篠原 保之(しのはら やすゆき、享保18年(1733年) - 寛政9年3月8日(1797年4月4日))は、江戸時代中期から後期にかけての加賀藩士。家老・若年寄・前田斉敬御用主附。通称は弥助、主水、織部。石高は4000石。家紋は左三つ巴。菩提寺は桃雲寺で、戒名は円月院殿春山道清居士。 篠原本家第6代当主。正室は、加賀八家・前田孝貞の次男、の娘、真光院殿戒月慧忍大姉。