立花家 千橘(たちばなや せんきつ)は、音曲・落語の名跡。当代は4代目。 「立花家」の亭号は、もともと色物の音曲師などのものであるが、後には落語家も名乗るようになった。ちなみに「千橘」の名は三遊亭にもあり、最初に名乗ったのは2代目三遊亭萬橘。 なお、1918年の名簿にも「立花家千橘」の名が見え、本名は小林利一郎というが、その他の詳細は不明。この時期、大阪には中村常次郎の千橘がいたため、二人の千橘が同時にいたことになる。