満鉄疑獄事件(まんてつぎごくじけん)または満鉄事件(まんてつじけん)は、1921年(大正10年)に表面化した疑獄事件。1920年(大正9年)5月、満鉄(南満洲鉄道)副社長であった中西清一が満洲で森恪が役員を務める塔連炭鉱、内田信也の汽船、日本電気化学工業という企業を買収するにあたって、不当に高い買収金によって立憲政友会の政治資金を捻出したとして、野党の憲政会が追及し、帝国議会で問題となった。塔連炭鉱事件(とうれんたんこうじけん)とも呼ばれる。