多紀 元簡(たき もとやす、宝暦5年(1755年) - 文化7年12月2日(1810年12月27日))は、江戸時代後期の医師。諱は元簡、字は廉夫、幼名は金松、長じて安清、安長と改める。桂山と号し、別号に櫟窓がある。