久野 久(くの ひさ、1886年12月24日 - 1925年4月20日)は、東京音楽学校 (旧制)が育てた日本初の国産ピアニスト。滋賀県膳所町(現・大津市)馬場(ばんば)出身。「久子」と表記されることもある。文部省からの辞令でヨーロッパへ音楽留学したが、ウィーンで投身自殺した。