中飛車左穴熊(なかびしゃひだりあなぐま)とは、浮き飛車型5筋位取り中飛車と居飛車穴熊をミックスした戦法。対振り飛車や中飛車を採用した相振り飛車で指される他、相居飛車戦でも採用が可能。 今泉健司がアマ大会での活躍、およびプロ合格の原動力となったことで知られる。 △後手 なし ▲先手 なし 図は▲2六歩まで中飛車左穴熊基本図 飛車が中央にいるからこそ玉を左右どちらにも囲えるという面を活かして、他の振り飛車にはできない中飛車ならではの戦法といえるが、中飛車左穴熊を最初に指したのは小池重明らしく、その後この戦法に目をつけ、システムをまとめていったのが当時立命館大学に所属し、学生強豪であっただという。それを見た東京大学の小林知直がやりだすと他の東大部員も指し始め、こうして東大将棋部の部員の発案と活躍がきっかけで広まったため、東大流左穴熊とも呼ばれていくが、プロ棋士が採用し始めてさまざまな工夫が加わったこともあり、現在は東大流と呼ばれることは稀になる。 その後対策が進み、穴熊に囲わない中飛車左玉例えばelmo囲い+中飛車なども登場する。

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  • 中飛車左穴熊(なかびしゃひだりあなぐま)とは、浮き飛車型5筋位取り中飛車と居飛車穴熊をミックスした戦法。対振り飛車や中飛車を採用した相振り飛車で指される他、相居飛車戦でも採用が可能。 今泉健司がアマ大会での活躍、およびプロ合格の原動力となったことで知られる。 △後手 なし ▲先手 なし 図は▲2六歩まで中飛車左穴熊基本図 飛車が中央にいるからこそ玉を左右どちらにも囲えるという面を活かして、他の振り飛車にはできない中飛車ならではの戦法といえるが、中飛車左穴熊を最初に指したのは小池重明らしく、その後この戦法に目をつけ、システムをまとめていったのが当時立命館大学に所属し、学生強豪であっただという。それを見た東京大学の小林知直がやりだすと他の東大部員も指し始め、こうして東大将棋部の部員の発案と活躍がきっかけで広まったため、東大流左穴熊とも呼ばれていくが、プロ棋士が採用し始めてさまざまな工夫が加わったこともあり、現在は東大流と呼ばれることは稀になる。 その後対策が進み、穴熊に囲わない中飛車左玉例えばelmo囲い+中飛車なども登場する。 (ja)
  • 中飛車左穴熊(なかびしゃひだりあなぐま)とは、浮き飛車型5筋位取り中飛車と居飛車穴熊をミックスした戦法。対振り飛車や中飛車を採用した相振り飛車で指される他、相居飛車戦でも採用が可能。 今泉健司がアマ大会での活躍、およびプロ合格の原動力となったことで知られる。 △後手 なし ▲先手 なし 図は▲2六歩まで中飛車左穴熊基本図 飛車が中央にいるからこそ玉を左右どちらにも囲えるという面を活かして、他の振り飛車にはできない中飛車ならではの戦法といえるが、中飛車左穴熊を最初に指したのは小池重明らしく、その後この戦法に目をつけ、システムをまとめていったのが当時立命館大学に所属し、学生強豪であっただという。それを見た東京大学の小林知直がやりだすと他の東大部員も指し始め、こうして東大将棋部の部員の発案と活躍がきっかけで広まったため、東大流左穴熊とも呼ばれていくが、プロ棋士が採用し始めてさまざまな工夫が加わったこともあり、現在は東大流と呼ばれることは稀になる。 その後対策が進み、穴熊に囲わない中飛車左玉例えばelmo囲い+中飛車なども登場する。 (ja)
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  • 中飛車左穴熊(なかびしゃひだりあなぐま)とは、浮き飛車型5筋位取り中飛車と居飛車穴熊をミックスした戦法。対振り飛車や中飛車を採用した相振り飛車で指される他、相居飛車戦でも採用が可能。 今泉健司がアマ大会での活躍、およびプロ合格の原動力となったことで知られる。 △後手 なし ▲先手 なし 図は▲2六歩まで中飛車左穴熊基本図 飛車が中央にいるからこそ玉を左右どちらにも囲えるという面を活かして、他の振り飛車にはできない中飛車ならではの戦法といえるが、中飛車左穴熊を最初に指したのは小池重明らしく、その後この戦法に目をつけ、システムをまとめていったのが当時立命館大学に所属し、学生強豪であっただという。それを見た東京大学の小林知直がやりだすと他の東大部員も指し始め、こうして東大将棋部の部員の発案と活躍がきっかけで広まったため、東大流左穴熊とも呼ばれていくが、プロ棋士が採用し始めてさまざまな工夫が加わったこともあり、現在は東大流と呼ばれることは稀になる。 その後対策が進み、穴熊に囲わない中飛車左玉例えばelmo囲い+中飛車なども登場する。 (ja)
  • 中飛車左穴熊(なかびしゃひだりあなぐま)とは、浮き飛車型5筋位取り中飛車と居飛車穴熊をミックスした戦法。対振り飛車や中飛車を採用した相振り飛車で指される他、相居飛車戦でも採用が可能。 今泉健司がアマ大会での活躍、およびプロ合格の原動力となったことで知られる。 △後手 なし ▲先手 なし 図は▲2六歩まで中飛車左穴熊基本図 飛車が中央にいるからこそ玉を左右どちらにも囲えるという面を活かして、他の振り飛車にはできない中飛車ならではの戦法といえるが、中飛車左穴熊を最初に指したのは小池重明らしく、その後この戦法に目をつけ、システムをまとめていったのが当時立命館大学に所属し、学生強豪であっただという。それを見た東京大学の小林知直がやりだすと他の東大部員も指し始め、こうして東大将棋部の部員の発案と活躍がきっかけで広まったため、東大流左穴熊とも呼ばれていくが、プロ棋士が採用し始めてさまざまな工夫が加わったこともあり、現在は東大流と呼ばれることは稀になる。 その後対策が進み、穴熊に囲わない中飛車左玉例えばelmo囲い+中飛車なども登場する。 (ja)
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  • 中飛車左穴熊 (ja)
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