ヴァーペン・フォン・ハンブルク(ドイツ語: Wapen von Hamburg、初代)は1669年に進水したハンブルクの護衛艦である。 同艦はハンブルク提督府とから発注され、護送船団を海外におけるハンブルクの貿易相手国まで護衛し、私掠船や海賊船の襲撃から守る任を帯びた。そして11回の護送に従事した後、船火事によってカディス港で爆沈している。海賊との戦いで功を挙げ、英雄として称揚されていた提督、ベーレント・ヤーコプゼン・カープファンガーは最後まで艦に残り、この火災で命を落とした。