キニチ・ハナーブ・パカル1世(K'inich Janaab' Pakal I、603年 - 683年)は、古典期後期のマヤの都市であるパレンケの王で、パレンケを大国に成長させ、また盛んに建築を行った。1952年に王の墓室が発見された。 パレンケには同名の支配者がもう一人いるので、「1世」をつけて呼ばれる。略してパカル大王とも呼ばれる。 名前のキニチは「偉大な太陽」、ハナーブは不明、パカルは「盾」を意味する。