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  • 真木 定観(まき じょうかん)は、『太平記』に登場する南朝の忠臣。牧定観と表記されることもある。大和国宇智郡牧野邑発祥の真木野氏(牧野とも表記)の支族。系譜は大和源氏宇野氏流に属する。南朝より吉野郡龍門荘を与えられて、宇智郡から移住してきたと推察されている。真木氏は小豪族説・悪党説・散所の長者説・鍛冶職人の頭目説、たたら族の頭目末裔説、楠木氏配下の辰砂・砂鉄などの鉱石を取引した武装商人集団説などが考えられるが定説はない。真木氏の本拠地であった運川寺裏側の牧之城と、葬地があった覚恩寺の距離はおよそ10数kmであり、この一帯が南北朝期に吉野郡龍門荘に根を張った真木定観の勢力圏であったとみられる。龍門荘は大和国吉野郡一帯にあった荘園であるが、上龍門地域は大正元年(1912年)に、宇陀郡に編入されているため、上龍門地域の覚恩寺は、吉野郡ではなく、宇陀郡大宇陀町(現、宇陀市大宇陀)の住所となる。
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  • 真木 定観(まき じょうかん)は、『太平記』に登場する南朝の忠臣。牧定観と表記されることもある。大和国宇智郡牧野邑発祥の真木野氏(牧野とも表記)の支族。系譜は大和源氏宇野氏流に属する。南朝より吉野郡龍門荘を与えられて、宇智郡から移住してきたと推察されている。真木氏は小豪族説・悪党説・散所の長者説・鍛冶職人の頭目説、たたら族の頭目末裔説、楠木氏配下の辰砂・砂鉄などの鉱石を取引した武装商人集団説などが考えられるが定説はない。真木氏の本拠地であった運川寺裏側の牧之城と、葬地があった覚恩寺の距離はおよそ10数kmであり、この一帯が南北朝期に吉野郡龍門荘に根を張った真木定観の勢力圏であったとみられる。龍門荘は大和国吉野郡一帯にあった荘園であるが、上龍門地域は大正元年(1912年)に、宇陀郡に編入されているため、上龍門地域の覚恩寺は、吉野郡ではなく、宇陀郡大宇陀町(現、宇陀市大宇陀)の住所となる。
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  • 真木定観
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