阿部 正身(あべ まさちか)は、上総佐貫藩の第7代藩主。佐貫藩阿部家8代。 文政元年(1818年)11月23日、石見津和野藩主亀井茲尚の四男として江戸で生まれる。天保6年(1835年)6月に佐貫藩の第6代藩主阿部正暠の養子となる。天保7年(1836年)3月23日に正暠が隠居したため家督を継ぎ、12月に従五位下・駿河守に叙位・任官する。 日光祭礼奉行や田安門番などを歴任した。嘉永7年(1854年)閏7月25日、家督を長男の正恒に譲って隠居する。元治元年(1864年)7月に菊山と号した。 慶応4年(1868年)の戊辰戦争で正恒が旧幕府軍に協力したため、新政府より謹慎を命じられた。7月11日に上総天羽郡花ヶ谷村の円龍寺で死去した。享年51。