貞舜(じょうしゅん、建武元年(1334年)-応永29年(1422年)1月)は、南北朝・室町時代の天台宗の僧侶。 俗姓・出身共に不詳。出家して比叡山に登ってに師事、延暦寺西塔宝薗院に居住する。応永年間に近江国坂田郡柏原(現在の滋賀県米原市)にあった成菩提院を中興して談義所として学問振興に努めた。 著作として、『天台名目類聚鈔』・『三百帖見聞』・『俗諦常住』・『宗要柏原案立』・『十如是義私抄』・『竜女分極』などがある。

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  • 貞舜(じょうしゅん、建武元年(1334年)-応永29年(1422年)1月)は、南北朝・室町時代の天台宗の僧侶。 俗姓・出身共に不詳。出家して比叡山に登ってに師事、延暦寺西塔宝薗院に居住する。応永年間に近江国坂田郡柏原(現在の滋賀県米原市)にあった成菩提院を中興して談義所として学問振興に努めた。 著作として、『天台名目類聚鈔』・『三百帖見聞』・『俗諦常住』・『宗要柏原案立』・『十如是義私抄』・『竜女分極』などがある。 (ja)
  • 貞舜(じょうしゅん、建武元年(1334年)-応永29年(1422年)1月)は、南北朝・室町時代の天台宗の僧侶。 俗姓・出身共に不詳。出家して比叡山に登ってに師事、延暦寺西塔宝薗院に居住する。応永年間に近江国坂田郡柏原(現在の滋賀県米原市)にあった成菩提院を中興して談義所として学問振興に努めた。 著作として、『天台名目類聚鈔』・『三百帖見聞』・『俗諦常住』・『宗要柏原案立』・『十如是義私抄』・『竜女分極』などがある。 (ja)
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