楊 文弘(よう ぶんこう、生年不詳 - 482年)は、中国の南北朝時代の仇池氐の首長。武都王。小名を𥞫といい、『魏書』では献文帝の諱を避けるために小名で記されている。2010年に陝西省略陽県で出土した墓誌によると諱は𥞫、字が文弘とされる。