林 世功(りん せいこう、道光21年/天保11年12月24日(1842年2月3日) - 光緒5年/明治13年(1880年)11月20日)は、琉球王国末期の官僚・政治家。明治政府と清国の間に「分島増約案」が締結されそうになり、抗議して自決。位階は名城里之子親雲上(なしろさとぬしおやくもい)、号は春傍(しゅんぼう)。大和名は名城 春傍(なしろ しゅんぼう)である。