北条 忠時(ほうじょう ただとき)は、鎌倉時代末期の武将。金沢流北条家の出身で、第15代執権の北条貞顕の嫡男・貞将の長男。弟に淳時がいる。 元弘3年/正慶2年(1333年)5月、新田義貞が鎌倉に攻め込んだ時、父と共に巨福呂坂を守ったが敗れた。そして父と共に自害したという(「北条氏系図」)。