エストゥルネル・ド・コンスタン(Paul-Henri-Benjamin d'Estournelles de Constant、1852年11月22日 - 1924年5月15日)は、フランスの外交官で政治家である。常設仲裁裁判所の提唱者で1909年のノーベル平和賞受賞者である。彼はサルト県の、十字軍の時代まで系譜が遡る古い貴族の家に生まれた。有名な政治家で作家のバンジャマン・コンスタンは大叔父にあたる。パリのリセ・ルイ=ル=グランで法律と東洋の言語を学ぶんだ後、1876年に外交官となった。