早見 一十一(はやみ いそい、1895年〈明治28年〉1月11日 - 1990年〈平成2年〉6月23日)は、日本の美容師。大正時代から昭和時代にかけ、洋髪(女性の西洋風の髪形)の普及に努めると共に、戦後の生活に困窮する女性たちのために早見美容学校(後の早見芸術学園)の創設など、生涯を美容師の地位向上に尽くした。夫(後夫)は早見美容学校初代校長の遠藤千之。栃木県出身。