陳 公博(ちん こうはく、1892年10月19日 - 1946年6月3日)は、中華民国の政治家。日中戦争中に汪兆銘と共に日本との協調路線を政策方針とする南京政府を設立、戦後は日本に協力した漢奸として死刑となった。