松山電気軌道(まつやまでんききどう)とは、明治末期から大正時代末期にかけて愛媛県松山市(当時は温泉郡三津浜町と松山市、道後湯之町)を中心に軌道(路面電車)および電気事業を経営していた会社。松電(まつでん)と呼ばれていた。 伊予鉄道に並行して三津浜港と松山市中心部・道後温泉を結ぶ軌道路線を建設し、10年間にわたり伊予鉄道と激しい乗客争奪戦を繰り広げた。伊予鉄道に吸収合併され会社は消滅したが、路線の一部は伊予鉄道城南線・本町線の一部として現存している。