康尚(こうしょう、生没年未詳)は、平安時代中期の仏師。「仏師職の祖」と称される。光孝源氏で、日向守・の子。定朝の父。 官人として従五位下・尾張介に至るが出家。 康尚が最初どのような仏所組織に属していたかは不明だが、やがて寺院付属の工房から離れ私立の工房を形成、定朝をはじめ多くの弟子を抱える専業的な造像体制を確立し、皇室、摂関家などの造寺発願や、高野山、比叡山などで造仏に従事した。

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  • 康尚(こうしょう、生没年未詳)は、平安時代中期の仏師。「仏師職の祖」と称される。光孝源氏で、日向守・の子。定朝の父。 官人として従五位下・尾張介に至るが出家。 康尚が最初どのような仏所組織に属していたかは不明だが、やがて寺院付属の工房から離れ私立の工房を形成、定朝をはじめ多くの弟子を抱える専業的な造像体制を確立し、皇室、摂関家などの造寺発願や、高野山、比叡山などで造仏に従事した。 (ja)
  • 康尚(こうしょう、生没年未詳)は、平安時代中期の仏師。「仏師職の祖」と称される。光孝源氏で、日向守・の子。定朝の父。 官人として従五位下・尾張介に至るが出家。 康尚が最初どのような仏所組織に属していたかは不明だが、やがて寺院付属の工房から離れ私立の工房を形成、定朝をはじめ多くの弟子を抱える専業的な造像体制を確立し、皇室、摂関家などの造寺発願や、高野山、比叡山などで造仏に従事した。 (ja)
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  • 康尚 (ja)
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