富内村(とんないむら)は、日本の領有下において樺太に存在した村(指定町村)。 富内という地名は、アイヌ語でトンナイチャ(Tonnayca)と呼び、「トー・ウン・ナイ・チャ」(湖から出る川)に由来。「とむない」と読む人もいる。 白瀬矗の南極探検隊に参加したアイヌの山辺安之助が、この村に住み、総代を務めたことで知られている。 また、1923年に富内村と合併した旧・落帆村は、アイヌ語研究者の金田一京助が樺太での初調査の際訪れたことで有名。