南条 文雄(なんじょう ぶんゆう、嘉永2年5月12日(1849年7月1日) - 昭和2年(1927年)11月9日)は、日本の明治・大正期に活躍した仏教学者・宗教家。旧字体で「南條文雄」とも表記される。字は「碩果」、「松坡」。 近代以前からの伝統的な仏教研究の上に、西洋近代の実証的・客観的な学問体系と方法論を初めて導入した。早い時期から仏典の原典であるサンスクリット(梵語)テキストの存在に注目。主要な漢訳経典との対校を行なうとともに、それらの成果をヨーロッパの学界に広く紹介するなど、近代的な仏教研究の基礎形成に大きな役割を果たした。