南怡の謀叛事件(なんい(ナム・イ)のむほんじけん)は、李氏朝鮮の8代国王の睿宗在位期の1468年に発生した事件。将軍・南怡の謀叛の企てが発覚したとされ、関与したとされる多数の文官・武官が処刑された。今日では、王族中心の新興勢力が、承政院を基盤とする旧来の有力者(院相勢力)によって粛清された政変と解釈されている。 韓国では「南怡の獄」(남이의 옥)、「南怡の獄事」(남이의 옥사)、「南怡の乱」とも記される。