凱達格蘭大道(ケタガランたいどう)は、台湾台北市中正区に位置する全長400m、両側10車線の道路で、中華民国総統府(重慶南路一段)と台北府城東門(中山南路)との間を結ぶ。清時代の東門街であり、日本統治時代には多くの日本の都市の道路のように名無しの通りであったが、文武町に属していた。 凱達格蘭大道の名は、かつて台北近辺に居住していた先住民族(台湾原住民)、凱達格蘭族(ケタガラン族)に由来する。もともとは「介寿路」(後述)という名前だったが、陳水扁が台北市長任期中に改名した。この改名は陳水扁が台湾原住民を尊重する姿勢を具体的に示した物と評価されている。 後年、台湾独立運動が盛り上がるようになると泛緑連盟が台湾正名運動(台湾の本土化運動)の嚆矢として凱達格蘭大道改名を評価する一方で、泛藍連盟は台湾の本土化を助長する動きであると批判的にとらえた。このため凱達格蘭大道は泛緑・泛藍両勢力ともに「重要な政治的意義を持つ道路」として位置づけており、しばしばデモ活動の舞台になっている。この動きは陳水扁が総統になって以降さらに顕著となり、特に2004年の台湾総統選挙では選挙結果に憤った泛藍連盟支持者が凱達格蘭大道において1週間に渡る抗議デモを行った。

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  • 凱達格蘭大道(ケタガランたいどう)は、台湾台北市中正区に位置する全長400m、両側10車線の道路で、中華民国総統府(重慶南路一段)と台北府城東門(中山南路)との間を結ぶ。清時代の東門街であり、日本統治時代には多くの日本の都市の道路のように名無しの通りであったが、文武町に属していた。 凱達格蘭大道の名は、かつて台北近辺に居住していた先住民族(台湾原住民)、凱達格蘭族(ケタガラン族)に由来する。もともとは「介寿路」(後述)という名前だったが、陳水扁が台北市長任期中に改名した。この改名は陳水扁が台湾原住民を尊重する姿勢を具体的に示した物と評価されている。 後年、台湾独立運動が盛り上がるようになると泛緑連盟が台湾正名運動(台湾の本土化運動)の嚆矢として凱達格蘭大道改名を評価する一方で、泛藍連盟は台湾の本土化を助長する動きであると批判的にとらえた。このため凱達格蘭大道は泛緑・泛藍両勢力ともに「重要な政治的意義を持つ道路」として位置づけており、しばしばデモ活動の舞台になっている。この動きは陳水扁が総統になって以降さらに顕著となり、特に2004年の台湾総統選挙では選挙結果に憤った泛藍連盟支持者が凱達格蘭大道において1週間に渡る抗議デモを行った。 (ja)
  • 凱達格蘭大道(ケタガランたいどう)は、台湾台北市中正区に位置する全長400m、両側10車線の道路で、中華民国総統府(重慶南路一段)と台北府城東門(中山南路)との間を結ぶ。清時代の東門街であり、日本統治時代には多くの日本の都市の道路のように名無しの通りであったが、文武町に属していた。 凱達格蘭大道の名は、かつて台北近辺に居住していた先住民族(台湾原住民)、凱達格蘭族(ケタガラン族)に由来する。もともとは「介寿路」(後述)という名前だったが、陳水扁が台北市長任期中に改名した。この改名は陳水扁が台湾原住民を尊重する姿勢を具体的に示した物と評価されている。 後年、台湾独立運動が盛り上がるようになると泛緑連盟が台湾正名運動(台湾の本土化運動)の嚆矢として凱達格蘭大道改名を評価する一方で、泛藍連盟は台湾の本土化を助長する動きであると批判的にとらえた。このため凱達格蘭大道は泛緑・泛藍両勢力ともに「重要な政治的意義を持つ道路」として位置づけており、しばしばデモ活動の舞台になっている。この動きは陳水扁が総統になって以降さらに顕著となり、特に2004年の台湾総統選挙では選挙結果に憤った泛藍連盟支持者が凱達格蘭大道において1週間に渡る抗議デモを行った。 (ja)
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  • 凱達格蘭大道(ケタガランたいどう)は、台湾台北市中正区に位置する全長400m、両側10車線の道路で、中華民国総統府(重慶南路一段)と台北府城東門(中山南路)との間を結ぶ。清時代の東門街であり、日本統治時代には多くの日本の都市の道路のように名無しの通りであったが、文武町に属していた。 凱達格蘭大道の名は、かつて台北近辺に居住していた先住民族(台湾原住民)、凱達格蘭族(ケタガラン族)に由来する。もともとは「介寿路」(後述)という名前だったが、陳水扁が台北市長任期中に改名した。この改名は陳水扁が台湾原住民を尊重する姿勢を具体的に示した物と評価されている。 後年、台湾独立運動が盛り上がるようになると泛緑連盟が台湾正名運動(台湾の本土化運動)の嚆矢として凱達格蘭大道改名を評価する一方で、泛藍連盟は台湾の本土化を助長する動きであると批判的にとらえた。このため凱達格蘭大道は泛緑・泛藍両勢力ともに「重要な政治的意義を持つ道路」として位置づけており、しばしばデモ活動の舞台になっている。この動きは陳水扁が総統になって以降さらに顕著となり、特に2004年の台湾総統選挙では選挙結果に憤った泛藍連盟支持者が凱達格蘭大道において1週間に渡る抗議デモを行った。 (ja)
  • 凱達格蘭大道(ケタガランたいどう)は、台湾台北市中正区に位置する全長400m、両側10車線の道路で、中華民国総統府(重慶南路一段)と台北府城東門(中山南路)との間を結ぶ。清時代の東門街であり、日本統治時代には多くの日本の都市の道路のように名無しの通りであったが、文武町に属していた。 凱達格蘭大道の名は、かつて台北近辺に居住していた先住民族(台湾原住民)、凱達格蘭族(ケタガラン族)に由来する。もともとは「介寿路」(後述)という名前だったが、陳水扁が台北市長任期中に改名した。この改名は陳水扁が台湾原住民を尊重する姿勢を具体的に示した物と評価されている。 後年、台湾独立運動が盛り上がるようになると泛緑連盟が台湾正名運動(台湾の本土化運動)の嚆矢として凱達格蘭大道改名を評価する一方で、泛藍連盟は台湾の本土化を助長する動きであると批判的にとらえた。このため凱達格蘭大道は泛緑・泛藍両勢力ともに「重要な政治的意義を持つ道路」として位置づけており、しばしばデモ活動の舞台になっている。この動きは陳水扁が総統になって以降さらに顕著となり、特に2004年の台湾総統選挙では選挙結果に憤った泛藍連盟支持者が凱達格蘭大道において1週間に渡る抗議デモを行った。 (ja)
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