ムイーヌッディーン・ウヌル・アル=アターベキー(Mu'īn al-Din Unur al-Atābekī, 生年不詳 - 1149年8月28日)は、ブーリー朝のトルコ系アミール、アタベクで、アイユーブ朝のサラーフッディーン及びザンギー朝のヌールッディーンの義理の父。第二回十字軍を撃退したことで知られる武将である。幼年のブーリー朝の君主に代わり、事実上ダマスカスを支配し、第二回十字軍の他、ザンギー朝のイマードゥッディーン・ザンギーの攻撃もよく退け、ダマスカスの独立を守った。