マッロイ戦役は、紀元前326年の11月から紀元前325年2月の間にアレクサンドロス3世によって行われたパンジャーブ地方への遠征である。アレクサンドロスは遠征の限界を判断し、ヒュダスペス川を下りながらイセスシネス川(現在のジェラム川とシェナブ川)を目指していたが、マッロイ人とオクシュドラカイ人は共同でマケドニア軍によるこの地域の進軍を拒否した。アレクサンドロスは現地の軍との邂逅を避け、この2つの河の間の地域を平定し、速やかにこの戦役を終わらせようとした。アレクサンドロスはこの戦役の中で重傷を負い、命を落としかけた。