ポーラ (Pola) はイタリア海軍の重巡洋艦。ザラ級。艦名は当時イタリア領であった都市ポーラ(現 クロアチア・プーラ)に因む。この艦は1930年代初期にOdero-Terni-Orlando造船所にて建造され、1932年に就役した。この艦はザラ、フィウメ、ゴリツィアを含めたザラ級4隻の中の3番艦である。ポーラは指揮艦として建造され、提督の幕僚を収容するため、より大型の艦橋を備えた。他のザラ級重巡と同様、この艦は8門の203mm主砲で武装し、最高速力は32ノットを発揮できた。 ポーラは当初第2戦隊の旗艦に従事し、1940年7月のカラブリア沖海戦と11月のスパルティヴェント岬沖海戦で戦隊を率いて戦った。後の戦いでは短時間であるがイギリス重巡ベリックと交戦している。その後、他の3隻のザラ級重巡に加え、ポーラは第3戦隊に再編成された。本艦は1941年3月下旬、マタパン岬沖海戦に参加した。戦闘中、この艦はイギリス軍の空襲により戦闘不能となった。この後、3月29日深夜に行なわれたイギリス地中海艦隊との激しい夜戦において、ポーラ、ザラ、フィウメおよび2隻の駆逐艦が多大な犠牲とともに沈んだ。

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  • ポーラ (Pola) はイタリア海軍の重巡洋艦。ザラ級。艦名は当時イタリア領であった都市ポーラ(現 クロアチア・プーラ)に因む。この艦は1930年代初期にOdero-Terni-Orlando造船所にて建造され、1932年に就役した。この艦はザラ、フィウメ、ゴリツィアを含めたザラ級4隻の中の3番艦である。ポーラは指揮艦として建造され、提督の幕僚を収容するため、より大型の艦橋を備えた。他のザラ級重巡と同様、この艦は8門の203mm主砲で武装し、最高速力は32ノットを発揮できた。 ポーラは当初第2戦隊の旗艦に従事し、1940年7月のカラブリア沖海戦と11月のスパルティヴェント岬沖海戦で戦隊を率いて戦った。後の戦いでは短時間であるがイギリス重巡ベリックと交戦している。その後、他の3隻のザラ級重巡に加え、ポーラは第3戦隊に再編成された。本艦は1941年3月下旬、マタパン岬沖海戦に参加した。戦闘中、この艦はイギリス軍の空襲により戦闘不能となった。この後、3月29日深夜に行なわれたイギリス地中海艦隊との激しい夜戦において、ポーラ、ザラ、フィウメおよび2隻の駆逐艦が多大な犠牲とともに沈んだ。 (ja)
  • ポーラ (Pola) はイタリア海軍の重巡洋艦。ザラ級。艦名は当時イタリア領であった都市ポーラ(現 クロアチア・プーラ)に因む。この艦は1930年代初期にOdero-Terni-Orlando造船所にて建造され、1932年に就役した。この艦はザラ、フィウメ、ゴリツィアを含めたザラ級4隻の中の3番艦である。ポーラは指揮艦として建造され、提督の幕僚を収容するため、より大型の艦橋を備えた。他のザラ級重巡と同様、この艦は8門の203mm主砲で武装し、最高速力は32ノットを発揮できた。 ポーラは当初第2戦隊の旗艦に従事し、1940年7月のカラブリア沖海戦と11月のスパルティヴェント岬沖海戦で戦隊を率いて戦った。後の戦いでは短時間であるがイギリス重巡ベリックと交戦している。その後、他の3隻のザラ級重巡に加え、ポーラは第3戦隊に再編成された。本艦は1941年3月下旬、マタパン岬沖海戦に参加した。戦闘中、この艦はイギリス軍の空襲により戦闘不能となった。この後、3月29日深夜に行なわれたイギリス地中海艦隊との激しい夜戦において、ポーラ、ザラ、フィウメおよび2隻の駆逐艦が多大な犠牲とともに沈んだ。 (ja)
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  • ポーラ (Pola) はイタリア海軍の重巡洋艦。ザラ級。艦名は当時イタリア領であった都市ポーラ(現 クロアチア・プーラ)に因む。この艦は1930年代初期にOdero-Terni-Orlando造船所にて建造され、1932年に就役した。この艦はザラ、フィウメ、ゴリツィアを含めたザラ級4隻の中の3番艦である。ポーラは指揮艦として建造され、提督の幕僚を収容するため、より大型の艦橋を備えた。他のザラ級重巡と同様、この艦は8門の203mm主砲で武装し、最高速力は32ノットを発揮できた。 ポーラは当初第2戦隊の旗艦に従事し、1940年7月のカラブリア沖海戦と11月のスパルティヴェント岬沖海戦で戦隊を率いて戦った。後の戦いでは短時間であるがイギリス重巡ベリックと交戦している。その後、他の3隻のザラ級重巡に加え、ポーラは第3戦隊に再編成された。本艦は1941年3月下旬、マタパン岬沖海戦に参加した。戦闘中、この艦はイギリス軍の空襲により戦闘不能となった。この後、3月29日深夜に行なわれたイギリス地中海艦隊との激しい夜戦において、ポーラ、ザラ、フィウメおよび2隻の駆逐艦が多大な犠牲とともに沈んだ。 (ja)
  • ポーラ (Pola) はイタリア海軍の重巡洋艦。ザラ級。艦名は当時イタリア領であった都市ポーラ(現 クロアチア・プーラ)に因む。この艦は1930年代初期にOdero-Terni-Orlando造船所にて建造され、1932年に就役した。この艦はザラ、フィウメ、ゴリツィアを含めたザラ級4隻の中の3番艦である。ポーラは指揮艦として建造され、提督の幕僚を収容するため、より大型の艦橋を備えた。他のザラ級重巡と同様、この艦は8門の203mm主砲で武装し、最高速力は32ノットを発揮できた。 ポーラは当初第2戦隊の旗艦に従事し、1940年7月のカラブリア沖海戦と11月のスパルティヴェント岬沖海戦で戦隊を率いて戦った。後の戦いでは短時間であるがイギリス重巡ベリックと交戦している。その後、他の3隻のザラ級重巡に加え、ポーラは第3戦隊に再編成された。本艦は1941年3月下旬、マタパン岬沖海戦に参加した。戦闘中、この艦はイギリス軍の空襲により戦闘不能となった。この後、3月29日深夜に行なわれたイギリス地中海艦隊との激しい夜戦において、ポーラ、ザラ、フィウメおよび2隻の駆逐艦が多大な犠牲とともに沈んだ。 (ja)
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