ジャン=ジョルジュ・オリオール(Jean-George Auriol, 1907年1月8日 - 1950年4月2日)は、フランスのプロデューサー、脚本家、雑誌編集者、批評家である。ヌーヴェルヴァーグを生んだ雑誌『カイエ・デュ・シネマ』の母体となった雑誌『ラ・ルヴュ・デュ・シネマ』を創刊、戦後の復刊とともに「呪われた映画祭」開催に尽力したことで知られる。本名はジャン・ユオ(Jean Huyot)、表記「Jean-Georges Auriol」は誤り。