イヴァーン・ムィクィートヴィチ・コジェドゥーブ(ウクライナ語: Іван Микитович Кожедубイヴァーン・ムィクィートヴィチュ・コジェドゥーブ、1920年6月8日 - 1991年8月8日)は、62機の敵機を撃墜したソ連第一のエース・パイロット、政治家。ウクライナ人。赤色空軍の戦闘機パイロットとして第二次世界大戦に参加し、三度「ソ連邦英雄」の称号を受けた。戦後はソ連空軍の指揮官として朝鮮戦争に参戦した。その後、空軍の将官として勤務を続け、晩年はソ連人民代議員を勤めた。 なお、ロシア語ではイヴァン・ニキートヴィチ・コジェドゥープ(Иван Никитович Кожедубイヴァーン・ニキータヴィチュ・カジェドゥープ)のようになる。