New Associationist Movement(ニュー アソシエーショニスト ムーブメント、略称:NAM〈ナム〉)は、日本発の資本と国家への対抗運動。柄谷行人が「当時雑誌(『群像』)に連載した『トランスクリティークーカントとマルクス』で提示した、カントとマルクスの総合、アナーキズムとマルクス主義の総合を、実践的レベルで追求するための試み」。2000年6月大阪で運動を開始、結成。2000年10月には綱領的文書である『NAM原理』を出版。2003年1月に解散。2年半の活動だった。 提唱者の柄谷自身は、『共産党宣言』後2年で解散した共産主義者同盟のケースと同じく、解散後は固有名詞ではなくなり、一般名詞(文字通り、”新しいアソシエーショニストの運動”)となったと述べている。「『NAM原理』は、2000年の時点で存在した組織のために書いたのですが、2年で解散したから、それ以後は一般名詞です。つまり、それは「新しいアソシエーショニスト運動」という意味ですから、2000年の時点にあったものに限定する必要はありません」「NAMは解散したが、アソシエーションの運動が終わったわけではない」とも述べている。 2021年2月『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(柄谷行人、作品社)と『NAM総括-運動の未来のために』(吉永剛志、航思社)が出版された。

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  • New Associationist Movement(ニュー アソシエーショニスト ムーブメント、略称:NAM〈ナム〉)は、日本発の資本と国家への対抗運動。柄谷行人が「当時雑誌(『群像』)に連載した『トランスクリティークーカントとマルクス』で提示した、カントとマルクスの総合、アナーキズムとマルクス主義の総合を、実践的レベルで追求するための試み」。2000年6月大阪で運動を開始、結成。2000年10月には綱領的文書である『NAM原理』を出版。2003年1月に解散。2年半の活動だった。 提唱者の柄谷自身は、『共産党宣言』後2年で解散した共産主義者同盟のケースと同じく、解散後は固有名詞ではなくなり、一般名詞(文字通り、”新しいアソシエーショニストの運動”)となったと述べている。「『NAM原理』は、2000年の時点で存在した組織のために書いたのですが、2年で解散したから、それ以後は一般名詞です。つまり、それは「新しいアソシエーショニスト運動」という意味ですから、2000年の時点にあったものに限定する必要はありません」「NAMは解散したが、アソシエーションの運動が終わったわけではない」とも述べている。 2021年2月『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(柄谷行人、作品社)と『NAM総括-運動の未来のために』(吉永剛志、航思社)が出版された。 (ja)
  • New Associationist Movement(ニュー アソシエーショニスト ムーブメント、略称:NAM〈ナム〉)は、日本発の資本と国家への対抗運動。柄谷行人が「当時雑誌(『群像』)に連載した『トランスクリティークーカントとマルクス』で提示した、カントとマルクスの総合、アナーキズムとマルクス主義の総合を、実践的レベルで追求するための試み」。2000年6月大阪で運動を開始、結成。2000年10月には綱領的文書である『NAM原理』を出版。2003年1月に解散。2年半の活動だった。 提唱者の柄谷自身は、『共産党宣言』後2年で解散した共産主義者同盟のケースと同じく、解散後は固有名詞ではなくなり、一般名詞(文字通り、”新しいアソシエーショニストの運動”)となったと述べている。「『NAM原理』は、2000年の時点で存在した組織のために書いたのですが、2年で解散したから、それ以後は一般名詞です。つまり、それは「新しいアソシエーショニスト運動」という意味ですから、2000年の時点にあったものに限定する必要はありません」「NAMは解散したが、アソシエーションの運動が終わったわけではない」とも述べている。 2021年2月『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(柄谷行人、作品社)と『NAM総括-運動の未来のために』(吉永剛志、航思社)が出版された。 (ja)
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  • New Associationist Movement(ニュー アソシエーショニスト ムーブメント、略称:NAM〈ナム〉)は、日本発の資本と国家への対抗運動。柄谷行人が「当時雑誌(『群像』)に連載した『トランスクリティークーカントとマルクス』で提示した、カントとマルクスの総合、アナーキズムとマルクス主義の総合を、実践的レベルで追求するための試み」。2000年6月大阪で運動を開始、結成。2000年10月には綱領的文書である『NAM原理』を出版。2003年1月に解散。2年半の活動だった。 提唱者の柄谷自身は、『共産党宣言』後2年で解散した共産主義者同盟のケースと同じく、解散後は固有名詞ではなくなり、一般名詞(文字通り、”新しいアソシエーショニストの運動”)となったと述べている。「『NAM原理』は、2000年の時点で存在した組織のために書いたのですが、2年で解散したから、それ以後は一般名詞です。つまり、それは「新しいアソシエーショニスト運動」という意味ですから、2000年の時点にあったものに限定する必要はありません」「NAMは解散したが、アソシエーションの運動が終わったわけではない」とも述べている。 2021年2月『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(柄谷行人、作品社)と『NAM総括-運動の未来のために』(吉永剛志、航思社)が出版された。 (ja)
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