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  • 『顕浄土真実教行証文類』(けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい)は、鎌倉時代初期の日本の僧・親鸞の著作である。全6巻からなる浄土真宗の根本聖典である。正式な表題は『顯淨土眞實敎行證文類』と記述されている。略称一般には『教行信証』(きょうぎょうしんしょう)と略称する。本願寺三世覚如以前は『敎行證』(『教行証』)と称されていた。その他に『教行証文類』、『広文類』と略称される。宗派によっては『御本典』(本願寺派)、『御本書』(大谷派)などと略称する。浄土真宗立教開宗の書真宗十派(真宗教団連合)では、親鸞が『教行信証』を制作したことをもって立教開宗とし、元仁元年(1224年)4月15日に草稿本が完成したとされ、4月15日を「真宗立教開宗記念日」と定めている。真跡本『坂東本』と通称される真跡本が現存する。坂東報恩寺(東京都台東区)を経て、東本願寺が所蔵する。昭和27年(1952年)3月29日に、国宝に指定されている。『坂東本』は、『御草本』とも通称される。東国(関東)在住時代に草稿が完成し、最晩年まで推敲したものと考えられ、朱筆や墨で加筆した跡が随所に見られる。ただし、近年の研究により、冒頭と奥書以外は祐筆の摸本とする説がある。戦前、報恩寺より託され浅草別院が所蔵していたところ関東大震災に遭遇、浅草別院は焼け落ち、坂東本を収蔵した金庫も建物もろとも火災に焼かれた。しかし焼け跡に残った金庫が自然に冷めるまで待って開けたところ、坂東本は無事焼失を免れていたという。火災により本書が発火するより速く金庫内の酸素が消費され、さらに金庫が完全に冷めるまで待って開ける(もし発火点以上の温度があった場合、開庫と同時に酸素が入り発火していた)などの判断が焼失を防いだと思われる。この震災以後、坂東本は東本願寺に託されることとなった。『坂東本』の修復2003年7月より2004年3月にかけて『坂東本』の修復が行われた。その際、調査を行ったところ、新たに約700ヶ所に、角筆(竹などを尖らせた筆記具。紙に凹みをつけて書き込む。)によりつけられた書き込みが発見される。その内400ヶ所は、重要箇所に注意を促す「合点」(がってん)と呼ばれる書き込み。↑ ↑ ↑ ↑
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  • 顕浄土真実教行証文類
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