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  • 頃藤城(ころふじじょう)とは、常陸国久慈郡大子村(現在の茨城県久慈郡大子町頃藤)に築かれた日本の城(山城)のひとつ。築城は、建治年間(1275年~1278年)といわれ、領主で常陸守護佐竹氏の庶家である小川氏の城という。別称を小川城ともいう。佐竹義胤の庶子 小川宗義が居城とし家老の神長氏、清水氏が城代を務めた。その後、上杉氏の子である佐竹義人の入嗣に佐竹氏有力庶家の山入氏が宗家に謀叛した山入の乱により、一時混乱し白河結城氏に同地一帯を奪われたものの、その後、佐竹氏が奪回し、小川氏が再び城主となった。慶長7年(1602年)、佐竹氏が関ヶ原の戦いにおいて属した西軍が敗退し、秋田転封となると小川氏も転封に随従し、頃藤城は廃城となった。
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  • 頃藤城(ころふじじょう)とは、常陸国久慈郡大子村(現在の茨城県久慈郡大子町頃藤)に築かれた日本の城(山城)のひとつ。築城は、建治年間(1275年~1278年)といわれ、領主で常陸守護佐竹氏の庶家である小川氏の城という。別称を小川城ともいう。佐竹義胤の庶子 小川宗義が居城とし家老の神長氏、清水氏が城代を務めた。その後、上杉氏の子である佐竹義人の入嗣に佐竹氏有力庶家の山入氏が宗家に謀叛した山入の乱により、一時混乱し白河結城氏に同地一帯を奪われたものの、その後、佐竹氏が奪回し、小川氏が再び城主となった。慶長7年(1602年)、佐竹氏が関ヶ原の戦いにおいて属した西軍が敗退し、秋田転封となると小川氏も転封に随従し、頃藤城は廃城となった。
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  • 頃藤城
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