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  • 阿久津 正蔵(あくつ しょうぞう、明治33年(1900年) - 昭和63年(1988年)2月12日)は、日本の陸軍軍人。陸軍主計将校として陸軍主計大佐に至る。戦後になり軍人時代に得たパンの知識を以ってパン業界に入り日本パン技術協会会長を務める。1917年陸軍経理学校卒業。主計候補生を経て陸軍主計官となり、累進する。1930年東大工学部卒業。昭和18年(1943年)陸軍糧秣本廠附・主計中佐であった時には「炊事自動車の研究」等の功績から殊勲乙として陸軍技術有功章を受章。補給等の観点からドイツへ派遣され軍用パンを研究する。戦局が激しく中々帰国する事が出来ず、終戦後に帰国するも今度は軍人であった事から公職追放を受ける。しかし阿久津の持つ「パン」の知識が役立ちパン業界に受け入れられ、直ぐに日本パン技術協会会長就任。昭和26年には藤澤義雄、柴田米作らとともに、日本向けの製パン技術「ファシー式製パン法」を考案し普及に努めた。昭和28年には参議院厚生委員会の小委員会に於いて粉食問題について参考人として答弁する。阿久津が発明した電極式パン焼き器は、自動製パン機のもととなっている。
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  • 阿久津 正蔵(あくつ しょうぞう、明治33年(1900年) - 昭和63年(1988年)2月12日)は、日本の陸軍軍人。陸軍主計将校として陸軍主計大佐に至る。戦後になり軍人時代に得たパンの知識を以ってパン業界に入り日本パン技術協会会長を務める。1917年陸軍経理学校卒業。主計候補生を経て陸軍主計官となり、累進する。1930年東大工学部卒業。昭和18年(1943年)陸軍糧秣本廠附・主計中佐であった時には「炊事自動車の研究」等の功績から殊勲乙として陸軍技術有功章を受章。補給等の観点からドイツへ派遣され軍用パンを研究する。戦局が激しく中々帰国する事が出来ず、終戦後に帰国するも今度は軍人であった事から公職追放を受ける。しかし阿久津の持つ「パン」の知識が役立ちパン業界に受け入れられ、直ぐに日本パン技術協会会長就任。昭和26年には藤澤義雄、柴田米作らとともに、日本向けの製パン技術「ファシー式製パン法」を考案し普及に努めた。昭和28年には参議院厚生委員会の小委員会に於いて粉食問題について参考人として答弁する。阿久津が発明した電極式パン焼き器は、自動製パン機のもととなっている。
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  • 阿久津正蔵
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