Data Table
PropertyValue
dbpedia-owl:abstract
  • 『金玉和歌集』(きんぎょくわかしゅう)は、平安時代中期に書かれた私撰の和歌集。著者は「倭歌得業生・柿本末成」とされているが、大学寮には「倭歌得業生」なる称号は存在せず、実際には藤原公任が変名を用いたものである。寛弘4年(1007年)から同8年(1011年)に編纂されたと推定されている。『後拾遺和歌集』序によれば、公任が「今も古も優れたる中にすぐれたる歌を書き出して黄金(こがね)の玉の集となる名づけたる」と題名の由来を解説している。『万葉集』から現在(寛弘期)までの和歌のうち、四季39首(うち、春22・夏2・秋7・冬8)・恋7首・雑32首の3部構成で計78首が採録されている(ただし、69首本・76首本もある)。歌人別では紀貫之の8首が最多で、以後凡河内躬恒、伊勢が後に続いている。
dbpedia-owl:wikiPageID
  • 1443376 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageLength
  • 599 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageOutDegree
  • 14 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageRevisionID
  • 35393076 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageWikiLink
prop-ja:wikiPageUsesTemplate
dcterms:subject
rdfs:comment
  • 『金玉和歌集』(きんぎょくわかしゅう)は、平安時代中期に書かれた私撰の和歌集。著者は「倭歌得業生・柿本末成」とされているが、大学寮には「倭歌得業生」なる称号は存在せず、実際には藤原公任が変名を用いたものである。寛弘4年(1007年)から同8年(1011年)に編纂されたと推定されている。『後拾遺和歌集』序によれば、公任が「今も古も優れたる中にすぐれたる歌を書き出して黄金(こがね)の玉の集となる名づけたる」と題名の由来を解説している。『万葉集』から現在(寛弘期)までの和歌のうち、四季39首(うち、春22・夏2・秋7・冬8)・恋7首・雑32首の3部構成で計78首が採録されている(ただし、69首本・76首本もある)。歌人別では紀貫之の8首が最多で、以後凡河内躬恒、伊勢が後に続いている。
rdfs:label
  • 金玉和歌集
owl:sameAs
prov:wasDerivedFrom
foaf:isPrimaryTopicOf
is dbpedia-owl:wikiPageWikiLink of
is foaf:primaryTopic of