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  • 都尉(とい)は秦、漢の官職名。郡の軍事を掌る。前漢においては、元は郡尉と呼ばれていたが、景帝中2年に郡守を郡太守と改称し、郡尉は郡都尉と改称した。都尉は太守を補佐し、郡内の武職や兵卒を掌った。官秩は比二千石であった。役所は太守とは別の場所に置かれた。通常は郡に一名だが、辺境などでは一郡に複数の都尉が置かれることもあり、その場合には「西部都尉」「中部都尉」などと呼ばれる。副官に丞(官秩六百石)がいた。後漢の光武帝の建武6年、辺境を除いて都尉は廃止され、太守が職務を兼任し、必要に応じ臨時に置かれることがあるだけとなった。また、前漢においては関所に置かれる関都尉、辺境の郡で農事を掌る農都尉、属国を掌る属国都尉があったが、後漢においては属国都尉だけが残った。それとは別に、騎都尉、奉車都尉など一部の武官にも都尉の称が使われている。その後、李自成政権が県の統治官を都尉と改めたことがある。(従来は「知県事」)清代には、武官の散官の名称として都尉が用いられた。一品、二品官の散官は「○○将軍」であるが、三品、四品官の散官は「○○都尉」と名づけられる。北京政府は警察庁の役職として都尉を設置している。
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  • 都尉(とい)は秦、漢の官職名。郡の軍事を掌る。前漢においては、元は郡尉と呼ばれていたが、景帝中2年に郡守を郡太守と改称し、郡尉は郡都尉と改称した。都尉は太守を補佐し、郡内の武職や兵卒を掌った。官秩は比二千石であった。役所は太守とは別の場所に置かれた。通常は郡に一名だが、辺境などでは一郡に複数の都尉が置かれることもあり、その場合には「西部都尉」「中部都尉」などと呼ばれる。副官に丞(官秩六百石)がいた。後漢の光武帝の建武6年、辺境を除いて都尉は廃止され、太守が職務を兼任し、必要に応じ臨時に置かれることがあるだけとなった。また、前漢においては関所に置かれる関都尉、辺境の郡で農事を掌る農都尉、属国を掌る属国都尉があったが、後漢においては属国都尉だけが残った。それとは別に、騎都尉、奉車都尉など一部の武官にも都尉の称が使われている。その後、李自成政権が県の統治官を都尉と改めたことがある。(従来は「知県事」)清代には、武官の散官の名称として都尉が用いられた。一品、二品官の散官は「○○将軍」であるが、三品、四品官の散官は「○○都尉」と名づけられる。北京政府は警察庁の役職として都尉を設置している。
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  • 都尉
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